母:敦子物語 Vol.68

夫方の親戚とは、義母が元気なうちは年に 1-2回は神戸に行っていたので会っていた。それ以外にも義兄弟の子供の結婚式などにも呼んでもらい、その都度、顔を合わせるチャンスがあった。一方で、自分の母や妹弟たちには年数を重ねるごとに殆ど会うことがなくなっていった。ある時は、母が入院したというので、慌てて病院にかけつけ、取り急ぎ必要そうなものを購入して渡すと「こんなもの必要ない」と言われて返された。またその後も入院中だと思って、今度は着そうなパジャマや口紅など注意深く選んで持っていくと、看護師さんに「もう退院されましたよ」と言われて落ち込んだこともあった。それなのに、何故かあとから電話してきて「お前病院に行ったかい?」と自分を試すようなことを聞いてきて「行ったよ」と言うと笑っている。

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全く意味がわからず、自分では、想像がつかないような行動をする母に困りながらも、まあ昔から勝手な所があったから。。。と諦めて自分を納得させながら付き合い続けた。母が食べたいというものを作って待っていても、突然気が変わって来ない、新年になると毎年同じ下着を届けていたのに、ある年は急に「こんな下着いらないよ!」と言われて泣く泣く持ち帰ったこともあった。せめて子供の成長を見せようと友の成人式の日に着物姿を見せに訪問しても居なくなっている。そんなことを繰り返しているうちに、少しずつ足が遠のくようになり、最後は妹に引き取られたと言うので、これ以上、会いに行くのはやめようと決めたのであった。