母:敦子物語 Vol.60

そもそも会社勤めをしようと思ったのは、それまでの商売に対する不安定さを解消し、将来的に安定して生きていきたいと思ったからであった。よって、既に関西では流行していたカラオケ店を夫が関東でオープンしたいと言った時も反対した。人前で歌をうたうなんて恥ずかしくて関東の人はしない!と言い張った数年後、自分も夫の影響でマイクを持つようになっていたが、関東でもカラオケが大流行していくのであった。

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どんなことも話し合い、最終的には二人で決断したことが多いと思うが、やはり自分の意思を尊重してくれること基本的には知っていたように思う。夫は二人の関係を壊したり、約束から外れるようなことは決してしなかった。友達も多く、職場の野球チームで監督を務めたり、仲間と週一程度には麻雀をしたり、子供が入った地域のドッジボールチームのコーチをしたりと、アクティブに活動はしていたが、それも最優先にするのは自分との関係であると信頼できていた。時には、子供を叱っている所を、夫に止められたことに腹を立て、家を飛び出した自分に対し、夫は子供に向かって「お母さんが居なければ、お前と二人では暮らさない」と言ったらしい。子供よりも自分を優先にしてくれるということも実感していた。

お酒を飲んで帰宅しても、陽気になるだけで、迷惑をかけられるようなこともなかった。逆に自分はお酒を飲みすぎたり、食べ過ぎたりして、介抱してもらったことは多々あったのだが。。。