母:敦子物語 Vol.58

子供も手がかからなくなる時期に、会社も忙しくなってきた。電子部品の検査を行っていたが、当時は家電もよく売れる時代だったということもあり、中規模だった会社も上場したりと活気があった。朝は6時に起きて、朝食作りや朝できる家事を一通りこなし、仕事に出かけるのだが、残業も増えてきて帰宅が21時過ぎるということも多々あった。幸い、家と会社が近かったこともあり、通勤に時間をかけずに済んだのは幸いだった。

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遅くに家に帰ると、クタクタで夕食もそれから食べたりするのだが、その分、子供が洗濯物をたたんだり、お風呂掃除なども済ませておいてくれたりした。子供であっても車輪を家族全員で回す一員だと教えていたので、特に言わなくても家事をこなしてくれていた。遅くに帰宅しても仕事が終わっていないような時は、仕事を家に持ち帰り、家でも仕事をしたりすることもあったので、就寝時間が深夜になることもよくあった。ただ、友が中学生、高校生になっても家事をこなしてくれていたので、そういう面では共働きで体はきつい事もあったが助かってはいた。

時折、うちは貧乏だから、一生懸命働かないとねと友に言うのだが「これだけ好きなものを食べて、旅行にも行っているんだから貧乏じゃないよ」と子供目線では、親が共働きの生活を送っていても貧乏だと感じていないんだなと不思議に思った。ともかく、会社勤めをしてからは早朝から深夜まで家事も仕事にも追われる忙しい日々であった。