母:敦子物語 Vol.40

友にはそろばん、書道、水泳、ドッジボール、ソフトボールなど習い事をさせていた。子供自身もやりたいというのに、実際に習い始めると、書道教室などは勝手に休んでしまう。あまりに休むので、もう止める?と聞くと喜んであっさり止めてしまった。ところが、止めたくないのにさぼるのが、そろばんや水泳だった。後から分かったのだが、そろばんは普段のクラスはつまらないが、月に 1回ほどあるゲーム大会では商品も出たりして面白いので、そのために残っていたかったようだ。水泳に限っては、休んでいたことさえ気付かないように、冬でも外の水道で髪を濡らして帰ってきていた。

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夫とは子供を叱るのは一人が良いので、叱らないで欲しいという約束をしていたので、何か子供が問題を起こすと、叱るのは自分の役目だった。小学校を卒業するまでにある程度のしつけを終えておかないと!と思っていたのだが、下の子は叱っても案外響かないし、時には叱ろうと思っていると、走って逃げてしまい、姉の直に SOSを出して一緒に戻ってきたりする要領の良さもあった。

自分自身でも習い事をしていた。編み物教室で、機械編みを習って、夫や子供のセーターを作ったり、手編みも自己流には出来ていたが、細かい部分で手ほどきを受けたりもした。手芸も好きだったので、手芸店で様々な物品を購入し、組み合わせてバッグを作ったりもした(写真のバッグも手作り)

子供の頃から、細かい作業や、何かを作ることは好きだったので、こうした習い事や作業は苦にはならなかった。ただ、ある時、編み物教室のあってないようなしがらみを感じ、ある程度出来るようになってからではあったが、止めてしまった。この当時から、家族や仕事以外での複雑な人間関係はあまり関わりたくないと思っていたのかもしれない。