母:敦子物語 Vol.37

店を始めて5-6年ほどで、友も小学生ではありながらも結構しっかりして、親の後を追いかけてきたりもしなくなり、そろそろ会社勤めがしたいと思うようになってきた。店のお客さんは夏になるとボーナスの話しになったり、会社の同僚との交流の話しを聞いたりしていたので、その憧れと安定した生活がしたくなっていった。そこである日夫に、店を止めて会社勤めをしたいと伝えて、長らく住んでいた横浜から川崎に引っ越しをすることにした。引っ越してからは仕事探しが始まった。新聞の折り込み広告などの求人から、家の近くで働ける場所を探そう!といくつか友を連れて面接に行ったりした。働けそうな所は直ぐに受かったが、家からバスに乗らなければならない場所だった。そこで近所を歩いていると、ある会社のビルの前に社員募集の広告が出ていた。

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早速電話をして、面接となり合格したが既に40歳ということもあり、入社してからが大変苦労の連続だった。精密機器や機械の検査などを行うので、とても細かい作業もあったり、事務的な作業もあったりと慣れないことに必死になれようとした。ただ、仕事の苦労なら覚えれば済むのだが、この当時、40歳の女性で中途採用ということに対して車内の同僚や上司からの風当たりが強く、周囲から中々理解してもらえずに人間関係に馴染む方が大変だった。怒鳴られたり、教えてもらえなかったりと泣いて帰る日が何日も続いた。

苦労もあったが、コツコツ仕事をしていると、同僚も怒鳴ったりすることにも疲れてきたのか、社内で友人も増えてきた。その一人となる同僚の結婚式で、同僚が友に歌を歌って欲しいと依頼してくれた。家族や親戚だけならともかく、大勢の前で歌をうたうということは、自分にはとてもしないことだったのだが、友は小さい頃からカラオケ大会などにも参加していたので、夫側の血を引いたんだなと思うことがよくあった。そこで、同僚の結婚式で歌って!というと、喜んで歌ってくれた。

40歳からの再出発に、最初は戸惑ったが、少しずつ社内でのポジションも確立してきて、それからはとても楽しく仕事をする日々となるのであった。