母:敦子物語 Vol.30

義父が亡くなり、お通夜から葬儀までそのまま神戸に残って参列することになった。義母も夫の妹達も悲しみの中で儀式を進めることはとても困難であると感じた。それゆえに嫁である自分が少しでも冷静に対応する必要があると意識して行動するようにした。お通夜も公民館で行ったが、参列者が多く、義父の人柄や生前の親交の広さを改めて知る機会にもなった。参列者が思った以上に多かったこともあり、準備していた飲み物などだけでは足りず追加で用意することなどにも追われた。義母の着物の着付けを行ったり、常に動き回っていた。また深夜になっても、交代でお線香を切らさないようにと、起きていたが、親戚や子供達含め多くの人たちがその場に残っていたため、朝食の準備も夜中の間に行わなくてはと思い、大きな炊飯器もないため、米を何度も炊いておにぎりを沢山作るなどして準備した。

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今の時代であれば、コンビニで人数分の食事を揃えるということも容易であるが、その当時は、そうした場所もなかったので、全て手作りで準備するしかなかったのであった。朝になり、それぞれ起きてきた人から朝食を食べてもらい、片付けてはまた次の人たちというように、全員に食べさせてホッとしたと思ったら、お葬式の時間になったため、自分は取るものもとらず式に参加した。自分も義父の死をみんなと一緒に悲しみたい気持ちもあったが、やはり実子と嫁では立場も違うことをわきまえ、最期まで裏方に徹したのであった。

全てが終わった時には、無事に葬儀が終了してホッとしたような気持ちと、ようやく悲しみに浸ることが出来る安堵感から力が抜けてしまった。親戚達は夜も寝ずに対応してくれてありがとうと感謝の言葉をかけてくれたが、夫が「こいつは大丈夫だよ」と思いやりに欠ける返答をしていた。まあ親戚の前で良いカッコをしたいのだろうとも思い、グッと我慢したのであった。