母:敦子物語 Vol.29

夫の両親や親戚は神戸に住んでいたので、家族全員で神戸に行く時と、夫が友だけを連れて神戸に行く時とがあった。夫と神戸に出かけることを友は喜んでいたので、安心して見送ることが出来た。友は神戸から帰ってくると関西弁で「お姉ちゃん、テレビ見えへんわ〜」などと言うので普段は関西弁を使わないのに、数日で関西弁に馴染む子供の吸収力の高さには驚いた。

ある時、義父から電話をもらい、また神戸においでーと優しい言葉をかけてもらっていた時に、義父が喉に何かできてしまって、水を飲んでも引っかかるんやーと言ってきた。そこで、まさか?と思ったが「それは急いで大きい病院で検査してもらったほうがいいです」と義父に伝えた。すると、病院に行った義父から咽頭癌だったという結果を聞き、すぐに夫を神戸に行くようにすすめた。

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状況を確認したり、病院で受けた診断に間違いがないのか、再度病院に行ったりして最終的に、診断に間違いがないことがわかった。義父は口数は少ないものの、結婚する時から、常に味方になって優しくしてくれたのでショックだった。そこからは毎月、義父に会うため夫は神戸に帰省するようにしてもらった。寝たきりにはなっていなかったが、徐々に横になっている時間が長くなっていった。

その状態が続いたある日、神戸の親戚から電話が夜の10時過ぎにきた。まだ義父は皆んなと話も出来ているというが、なんだか様子がおかしい気がして、胸騒ぎがおさまらなかった。そこで電話口で「おじいさんの足の爪押して、爪の色をみてくれる?」と夫の妹に依頼すると「紫色になってる」とのことであった。

これは急ごう!と夫に告げて、家族全員でそのまま横浜の家を出発し、車で神戸まで急行した。寝ずに運転して、朝8時には神戸に到着したのだが、義父は笑顔で「あーよく来たなあ」と迎えてくれた。子供達の顔も見せたら、喜んでくれたので、少しホッとして近所の喫茶店でモーニングを食べてまた義父の家に戻った。子供達は親戚の家に行くようにし、夫や夫の妹達と一緒に義父のそばでその日は過ごすことにした。すると夫に支えられながらトイレも自力で行ったり、話にも参加したりしていた義父が、夕方に突然意識をなくし家族に見守られながら、安らかに息を引き取ったのであった。