母:敦子物語 Vol.21

無事に店をオープンする資金も整い、お茶漬けの店「須磨」と名付けた。夫の実家が神戸で須磨というのは近所の海岸の名前だったのだが、とても雰囲気がよく、好きな場所であったので、その地名から店名をつけた。店がオープンすると、たちまち近所の会社員が立ち寄る場所になっていった。

子供を作ろう!と思ってから、酒もタバコもやめていたが、この頃には復活していた。お店のお客さん達は若い人達が多かったこともあり、母親代わりのような感じで、平日の日中でも仲間のようにして出かけるようになっていた。海に行く時は休日だと混むので、平日に行く。下の子(友)は保育園を休ませ、上の子(直)は中学校を休ませて一緒に連れて行った。

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思い出作りは一生の財産になると思っていたので、様々な体験をさせたかった。再婚してから極めて苦しいという生活ではなかったが、何でも物を買い与えるということが出来るほどでもなかった。それでも思い出作りには時間もお金もかけたいという思いで自分は泳がない海に連れていったのも、その一環であった。子供達が楽しそうにしている姿をぼんやり眺めることで満足だった。

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夫は平日は仕事だったが、いつも快く自分や子供達が遊びに行くことを許してくれていたし、真面目に仕事をしてくれていたので、常に安心して遊びに出かけられたのであった。