母:敦子物語 Vol.11

結婚生活が始まり、ようやく自分で作り上げる家庭が持てたことが嬉しかった。直ぐに子供を授かった。出産時はあまりの痛みで苦痛に耐え切れず、こんな痛みが続くなんて嫌だーと思いながら出産した。ようやく生まれてホッとした子供は可愛い女の子だった。どんなに苦しい出産でも、生まれてしまうと痛みなんて忘れてしまう。夫の両親もとても喜び可愛がってくれたので、幸せであった。ところが、その喜びも束の間、生まれて数ヶ月たったが、ふと気づくと、子供ははっきりと目を開いているし、笑ったりもするのだが、目が自分と合わない。指を目の近くで揺らして追いかけさせようとしても反応していないことに気付いた。

IMG_7684

まさか?と思ったが慌てて病院に連れていくと、医師から先天性の疾患で生まれた時から視力がほぼないこと、また心臓に疾患があり、長く生きることは難しいことが告げられた。3歳くらいまでだという医師の言葉を聞いてから、どうやって家に帰ったかも覚えていないほどだった。そこからはあまりのショックで泣き続ける日々が続いた。まだ生まれて間もないのに我が子の余命が3年しかないなど、そんな残酷な話があるのか?なんで自分にそんなことがおこってしまうのか?泣いても泣いても悲しみは治らない。そんな日々が続いていたが、周囲も心配し声をかけ励ましてくれた。そこで、このままではいけないと少し気持ちを持ち直し、この子が生きている限り精一杯可愛がって育てようと決意をした。

そう決意してからは、今は生きているんだから、また奇跡が起きるかもしれない!兄弟も作っておこう!と、その子を中心ではありながら何とか状況を前向きにとらえながら子育てを続けたのであった。

※母の当時の写真が手元になかったので、私の幼少期の写真を使用。