母:敦子物語 Vol.4

学校から帰ると、おやつ用に母(祖母)が仕事に行く前に、サツマイモを蒸しておいてくれることがあった。妹や弟とそのサツマイモを食べて空腹を満たした。学校が終われば直ぐに家に帰り、家事や妹弟の世話を続けていた。小学校高学年になっても友達と遊びに出掛ける時間はなかったので、同級生と遊んだり、語り合ったという思い出はない。

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弟をおんぶして買い物に行ったり、あやしたりする姿を同級生に見られて、からかわれたりすることもしばしばあった。時には、幼い弟がいじめられたりすると、いじめっ子を追いかけて弟を守ったりもした。貧しさからいじめられたり、からかわれたりするのではないかと思うと、悲しくて泣きたい気持ちになったが、人前では持ち前の負けん気で乗り切った。

まだ自分も小学生で誰かに甘えたり、頼りたい時期であったが、そんなことは許されなかった。妹や弟には頼られ、母(祖母)からは長女なんだからと言われ、自分の境遇を理解してくれる人など周囲にはいなかった。

ようやく、遠方で何日も仕事をしてきた父(祖父)が戻ってきて、母(祖母)も夜勤がないということで家族全員が揃って夕食が食べられる!と喜んでいる日に限って、両親が段々と険悪な雰囲気になってくる。食事が始まったと思ったら両親の喧嘩が始まるのだ。

喧嘩になると父(祖父)は星一徹ばりにちゃぶ台をひっくり返してしまい、せっかくの食事が無残な姿へ変化する。こんなことを繰り返しているうちに、少しずつ両親が揃っても嬉しいと思う気持ちが薄くなっていった。子供が楽しみにしているのに、なぜ食事を台無しにしてしまうの?なんで今喧嘩するの?母(祖母)はなんでせっかく帰ってきている父(祖父)にそんな冷たい言葉をかけるの?

色々な疑問を抱えながら、ひっくり返ってしまった食事を泣く泣く拾い集め、いつか自分が大人になったら、穏やかに、安心して食事が出来る家庭が欲しいと願った。

 

※母の幼少期の写真が手元になかったので、私の幼少期の写真を使用。右端が母。