看護師社長物語 Vol.40 ~青年期~

中学に入ってからは、大人しく過ごすことが余儀なくされた。故に小学生の時のような活発さは消え、普通の子になりかけた…人生の中では一番の衰退期が中学生だったような気もする。

私が通っていた当時の中学校は、いわゆる「不良」とか「ツッパリ」と呼ばれるお兄さん、お姉さんがうようよしていた。特に関わらないようにしていたわけでも無いが、関わりたいと思わせる魅力も感じなかった。そういう方々のスカートが相当長い時代。

中学では部活選びに迷い、候補としては

「バスケットボール部」

「水泳部」

「放送部」

の3つが最有力!となった。運動は苦てだった私も、水泳とバスケだけは案外得意であったので、運動系ならこの二つだなーと思ったこと、放送部は小学生の頃の放送委員会の延長。結局全て見学しよう!と思ったのだが、一番初めに見学に行ったのが放送部で、結局、先輩からいろいろな説明を受けている間に何だか入部することに決定。

この中学の放送部はビデオコンクールなどでも優勝をしていたり、番組を自分達で作成するという本格的な活動が行われていた。先輩からビデオコンクール優勝作品をみせられ、作品の感想を聞かれた時、製作者側の意見ではなく、鑑賞者側の意見を行ったことで「作品製作者の意識」を教え込まれ、何だか感動してしまったのだ。

相当、単純。先輩の手中にはまる。

その当時は、今のような小型カメラなど無かったので、大きなカメラに、背負子でデッキを背負い、とてつもなく重いバッテリーを抱え、作品作りも容易ではなかった。毎日お昼にはビデオニュースを流すという本格的な活動であったので、常に取材や番組作りに追われる毎日。

どちらかというと、この活動のせいもあり、同級生とのコミュニケーションは少なく、部活仲間や先生とのコミュニケーションが殆ど。朝礼の準備に始まり、運動会での放送席の設営、学校行事では必ず、同級生の列には並ばず、外れた位置からカメラを回す。それが放送部。何だかいつも「生徒」という感覚ではなく、学校側のスタッフという意識だったなーと思う。

では、関係ないけど、ここで本日の茅場町。

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数週間後には桜並木に変身!