看護師社長物語 Vol.29 ~幼少期~

梅沢富美男のおっかけをしていたのも小学生の時。

一番最初は母に連れられて浅草の木馬館という小さな劇場へ嫌々行ったのがきっかけ。私はお付き合い程度にしか思っておらず、オバサマ方の多さに圧倒されながら、行列に長時間並ぶという意味が分からなかった。

それが、舞台が始まって数分で虜になるなんて…

芝居では笑いを、踊りではガラリと変わるその姿に「何てカッコいいんだ!」と思ったんです。帰りがけには、私の方が興奮し「絶対に又来よう!」とおっかけ宣言。

この頃は小さな芝居小屋で公演をしていたので、十条・川崎・浅草などとにかく公演が行われる場所へ付いて回るという日々。これは皆大好きになるはずだ!と思って、いろんな人に勧めて連れて行きましたが(父とか、姉とか)私のような感動が無い…それなりに楽しんでいたのかもしれないけれど、明らかにリアクションが薄い!

全く理解出来なかった。

何故、この良さが伝わらないんだろう???

まっこれがあったお陰で、人には好みや笑いなどのツボが違うということを理解し、楽しめない人を無理に誘ってはいけないことを悟った。結局、一緒に楽しんでどこにでも行ってくれたのは母のみでした。

梅沢富美男といえば、「夢芝居」が有名ですが、私はその当時のアルバム曲が大好きで、レコードの曲をカセットにダビングし、何度も繰り返し聞いていました(廃盤になってしまったようでCDになってないのが残念…)

何度も芝居を観に行くと、かなり通になってくるもので、踊りもいろいろなパターンがあることが分かるんです。時折、最後に踊る曲をその日のお客さんのリクエストで決めるということがありました。そこで、梅沢富美男が「何がいいですか?」と皆に聞くと、殆ど観に来ていないような新参者(っといっても相当なオバサマ方でしたが)は直ぐに「矢切の渡しー!」と叫ぶ。これはテレビでもこの当時放送したこともあり、有名な踊りでした。しかし私はこれ何度も観ているし、そんなに好きな方ではなかった。

「初めて来たのにリクエストなんかするなー」

何て思っていると、そこで私の好きな曲を他の人が叫んだので

「よしっ!」

と思っていたところ、うちの母親が「昭和枯れすすき!」と余計なリクエストを…

常連が好きな踊り、新参者が好きな踊り、まー無難な踊りという3つに分類すると、拍手の多さは「常連」か「新参者」の争いになったのです。そこで最後の踊りに出てきた衣装は!なんと「昭和枯れすすき」の着物…母は喜んでいましたが、私は「もーーー!」と余計なリクエストのお陰で見られなくなった原因が、自分の母であることに嘆きました。帰りがけ

「何であんなリクエストしたのー!」

と自分の思いが通らなかったことのやるせなさを母にぶつけました(笑)未だにあの日のことは悔やまれてならない…何故ってあの日がリクエストを聞いて踊ってくれた最後の日だったから!(涙)

チケットを取るために一人劇場前に数時間並ぶ小学生って自分くらいだったなー。懐かしい♪