これにて確定申告終了!

ギリギリになってしまったけど、はじめての決算・確定申告が全て終了しました♪

見慣れない書類、伝票と格闘し、税務署へも数回足を運びながら何とか作成。今日は税務署から帰社する風景もかなり美しく思えました。

起業してからは、ことあるごとに書類作りに追われていましたが、全ての流れを把握する上でも、一回は通してやってみたい!という思いから、専門家に依頼することなく、登記や派遣業、紹介業の資格申請にいたるまでこれにて一巡。最終的な決算処理を通じて感じたのは、

「とにかく書類もコツコツ作成していけば、必ず終了する!」

ということ。当然のようですが、取り掛かる前は気が遠くなるような思いで、果てしなく出口が遠いように感じていました。しかし諦めず、コツコツ作業し、分からないところは税務署の人の力を借りることで必ず出口がみえてくる。

あーーーー嬉しい♪

これで、本当の意味で「起業した!」と胸を張って言える!と感じました♪

出来たら来年は専門家にお願いしたいですねー(笑)

看護師社長物語 Vol.37 ~幼少期~

後悔先に立たず。しかし未だに時折思い返すのは、両親からのアドバイスを無視した、馬鹿な自分…

中学に入る前に父が私に言った。

「今までの勉強は別として、これから習う英語は皆同時にスタートだよ。だから、英語だけは一生懸命勉強して、覚えたことをお父さんに教えてくれよ」

真剣に勉強の話しを父が私にしたのは、後にも先にもこの一度きり。通常、うちの両親は勉強をしろ!と言わない。いや学校の勉強をしなさいという注意やアドバイスを受けたことは全くない。その父が言った言葉なだけに、とても印象的であった。

この時は私も調子よく「うん!」などと答えたのだが、私は中学に入学しても、英語の授業は大嫌いで全く勉強しなかった…いや、教科書を見るだけで興味がもてなかったのだ。そして、これとは別に母が私に言った。

「これからは、語学だよ!英語と中国語の塾に行きなさい」

私は、これも「いーよ!一生日本で暮らすんだから!」と何とも稚拙な言い訳をして、今から思えばもの凄く貴重なアドバイスを無視。

そう。

私は結局、父との約束も守らず、英語の成績は常に2か3の出来ない組。一度も学校で習ったことを父に伝えることもなかった。今から思えば、なんと浅はかでバカバカしいことかと思うけど、この当時の自分には全く価値を認識出来ていなかったのだ。

あ~あ~あの時やっていれば、今こんなに苦労することもなかったのに…

まっしょうがない。やらなかった自分が悪い!今となっては逃げることが出来ない追い込まれた状態だから、飲み込みが悪いながらも真剣にやるのみ!さすれば道は見えるはず♪

看護師のキャリア

看護師によって、どのような方向に進んで行きたいか!という将来の夢やキャリアプランは様々である。しかし、そのプランを作成するには、やはり看護師同士の共有により、見つけられることが多いなーと実感する。

http://www.aline.jp/customer.php

看護師は長年勤務すると師長になるか(以前の婦長)、専門看護師になるか、看護学校の教員になるか、研究者になるか…などなどある程度の道が決まっている。しかし、看護師は望んでいないキャリアを病院の都合でのせられることも多い。

現場で働きたいのに、研究をするめられる。

管理職など目指していないのに、年齢などで管理職にさせられる。

どうしても勤務したい所属への異動が認められない。

などのストレスを自ら解消しなければ、勤務していけないとなってしまう。きちんと職位のある人が対応すれば、簡単に解決出来ることでも解決出来ないということがおおい。そもそも病棟や部門の管理職である「師長」が持つ経験が少なく、キャリアプラン作成など出来ない状況にあるにも関わらず、少ない知識の中で行うキャリアプランだからこそ、その病院主体になってしまうのだ。

看護師の声をきちんと受け止め、多様な看護師のニーズにマッチしたキャリアプランでなければ看護師は離れてしまう。強引に一緒に働くのよ!と言ってもいなくなったり逃げてしまう。それは当然と思う病院はよい。しかし当然ではない!と思う病院が多いんじゃないかな。経営者と看護師の温度差がこういう部分にもある。

看護師社長物語 Vol.36 ~幼少期~

今ほどアレルギーが流行ってない私が小学生の頃。鼻水やくしゃみが止まらずに病院へ行くと、風邪ではなさそうなので、血液検査をしてみましょう!ということに。

採血の結果、アレルギーが判明。

ハウスダストにダニのアレルギーですね。と言われて帰ってきた私は親に伝えると「部屋が汚いからそんなことになるんだよ、恥ずかしい」と言われた。しかし!今から思えばそれは間違え以上の何ものでもない。

赤ちゃんの頃から、綺麗な場所で過ごしてきたからこそ、ハウスダストなどに免疫のない自分になった。プラス!私は子供の頃から究極の寒がりで、冬生まれなのに子供らしくない!なんてことも親に言われたが、思えば冬に生まれた私に、ストーブや電気毛布、分厚い布団などで保温を行い、真冬に「汗疹」を作って病院に連れて行った親である。

そう。きっと過保護に(ある意味大事にともいうけど)育てられたが故に引きおこった寒がりやアレルギーなのに、なんだか理不尽なことを、作った張本人の親から言われるというのは何とも不思議な話しだ…(笑)

看護師社長物語 Vol.35 ~幼少期~

親に怒られたときに走って逃げるようになったのは、小学校高学年になってから。

低学年の時は、親に怒られてもそのまま受け入れていましたが、高学年ともなると知恵もついているので、何か悪さがバレたら一目散に走って逃げる!というのが定番でした。

逃げても逃げなくても相当怒られるので、逃げてから親の気持ちを鎮めるために、とにかく外で突っ立っていた記憶もあります(笑)そんな時に頼りになるのが、年齢が離れた姉の存在。この当時は一人暮らしの姉に連絡して、年中怒られる私と母の間を取り持ってもらうことが多かったです。

姉が大人だったのでいつも大変助かりました。

未だに忘れられませんが、一度あったのは、私が友人と遊んでいるところに母が怒った様子で現れた時のこと!悪いことをしていたという意識があり、私は一目散でその前から姿を消しました。私は通常、それほど足が速くないのですが、友人曰く

「一瞬で目の前から居なくなった…」

っと言われました(笑)逃げ足だけは、この時以来早いみたい♪

看護師を大切にする病院

看護師としての経験が殆どだった私が、営業という新たなことに挑戦する上で感じること。それは

「営業は打たれ強さが重要」

ということ。看護師という仕事は基本的には「ありがとう」と言ってもらえるタイプの仕事であり、考えたり多く動いたり、役に立ちたいという気持ちを実行することが比較的受け入れてもらいやすい。

しかし!営業は違うなーと思う。

どんなに思いがあったり、役に立ちたいと思っても、受け入れてもらいにくいタイプの仕事だ。

この営業の中でしか見えてこないこともある。病院に勤務していたころは分からなかったこと。病院の事情や良し悪し。病院の中でも看護師をとても大切に考えていただけるところと、全くをもって考えていない病院。もちろん、考えてもらえない病院や危機感を持っていない病院がまだまだ多いな?というのが私の印象だが、その中でも始まりつつある変化。

看護師を大切に考えていただける病院を看護師にも広めていきたい。同じ看護でも、病院の理念や方針によって大きく勤務が変わってしまうから。

看護師社長物語 Vol.34 ~特別編~

今日は誕生日☆

姉からメールが入りました。

「朝起きた時、今日は友の誕生日で生まれてた時雪やったな~ってふと思い出して母ではないんだけど嬉しかった”祝”」

と。私の出生を決めたのも、私の名前を決めたのも私の姉です。私と姉は年齢も離れているので、姉も母のように私を可愛がってくれました(今でもいつも心配してくれています)姉が

「妹を買ってきて!」(多分スーパーとかで?)と頼んだことで私は生まれたとの出生秘話が(オーバーか)

そんなこんなで、姉がダダをこねなければ、この世に存在していなかった私…

姉のダダに感謝しつつ、本日も仕事に没頭します♪

ホームページの業務内容修正

A-LINE株式会社のホームページをリニューアルしました。今回は主に業務内容の整理を行っております。

http://www.aline.jp/business.htm

病院向けのサービス内容も明確になりました。

「看護師新規獲得、離職防止コンサルティング」

は今年から開始した新たなサービスですが、昨年より調査実施しているデーターをもとに看護師のニーズを捉えたコンサルティングを行っていきたいと思っています。病院は看護師確保に向け、多くの戦術で昨年から戦っていますが、不明確な費用対効果であるにも関わらず、多額の投資をした病院も多かったように思います。そこで弊社が適切なコンサルティングを行うことで、看護師確保や離職防止における最善の方法で問題解決のサポートをしたいと考えております。

また、セミナー・講演の部分も分かりやすくサービス内容を表示することにしましたので、

http://www.aline.jp/training.htm

是非一度ご確認ください♪

看護師社長物語 Vol.33 ~幼少期~

美容室へはいつも一人で行っていました。

私は自分で美容室を探して、いろいろな場所を試すのが大好き!髪型は殆ど毎回

「マッシュルームカット」

でしたが(今はこう呼ぶのか不明)それでも一つの美容室ではなく、いつも追い求めていたのです。自分の本当に気に入るマッシュルームカットの店を。母は美容室へ行くお金は事前調査さえしておけば、きちんとくれたので、若干の値段の幅は気にせず探索することが出来ました。

ある時は、デパートの中に入っている美容室、ある時は近所の小さなお店、又ある時は自転車で30分ほど離れた隣町のオープンしたての美容室などなど、とにかく2ヶ月に一度美容室を捜し求め、あっちこっちに行きました。

ある日、友人が「うちのお母さんは昔、美容師だったんだよ!」といい、いつも自分のお母さんに髪を切ってもらうということを聞きました。そこで、

「私も切ってもらいたい!」

と、いつもの試したい願望が沸き起こり、友人にお願いしてみることに。そうすると、そのお母さんは髪を切ってくれるということになりました。私はタダで切ってもらうわけにはいかないと思い、値段を聞くと500円でいいというのです!!!

これは、もちろん友人のお母さんの優しさ価格なのですが、私は500円で試せるなら最高だ!と思い早速、髪を切ってもらいに友人の家へ。家の中でも本格的な道具のあるお母さんは、サッとクビ回りにタオルやシートを巻き、準備万端。美容室と違うのは、目の前に大きな鏡が無いというくらいでした。

髪を切ってもらうと、仕上がりがかなり満足!髪を洗ったり、ブローをしてもらうことは出来ませんが、カットだけなら他の美容室と何ら変わりません。気に入った私は、即友人のお母さんに直接交渉。

「毎回髪を切ってもらえませんか!」

というと、快く承諾してくれました。この当時、カット・シャンプー・ブローの子供価格でも2000円~3000円が相場でしたので500円というのは激安です!しかも仕上がりは何ら問題もない。もちろん私は美容室で行われる様々な儀式も大好きでしたが(シャンプー時の顔へのタオルかけなど)金額を比べたら、無駄なサービスだとさえ思えてきました。それからは中学生になるまで、ずーっと友人のお母さんに髪を切ってもらい続けました。

別にお金を自分で払うわけでもなかったので、不要でも心地よいサービスを受け続けることも可能でしたが、散々いろいろな場所でカットをしてきて、無駄なサービスより効率化と価格の重要性を実感し、それに気付いた自分を少し誇らしく思っていました。

サービスから得られる効用と価格を比較する力がついたのも、この一件以来です。

病院プロデュース

医療業界は遅れていると言われるし、私自身も医療機関と一般企業との差に愕然とする時がある。何でこんなことが…というような無駄遣いや、逆に現場の声を無視した節約。しかし、最近思うのだがこれも今まで意識が無かったことを開始しているので、しょうがないのかもしれない。

企業で行われているES(従業員満足)を行っている病院もないわけではない。むしろどの病院も努力している。それでも視点が違っていたり、従業員との対話の中で、経営者側の一人歩きという場面も多く見られているのが現状だ。

そこで!

「病院プロデュース」

を、弊社(A-LINE株式会社)で力を入れていこうということで、サービスを開始!これは、病院が看護師獲得のためにおこなっている無駄な投資は何なのか?看護師を満足させることが病院職員の大半を満足させることになるということを視野にいれ、経営者まで届かない声や、情報を充分に提供し、最善のマーケティングをサポートしていこうというものである。

病院の中で、現在最も問題になっている「看護師不足」に焦点をあて、どのようにすれば病院のブランド力が上がっていくのか、見せ方をA-LINEが提案する。看護師を獲得したいとは思えない広告媒体の選定や、ウェブ戦略なども、ある病院に話をすると

「何が問題なの?業者を使ってホームページを作ったから問題ないでしょ?」

というような反応があったりする。例えば歌手になろう!と思ったら、少なくとも音楽業界で充分な人脈や知識や能力がある人でなければ、プロデュースを依頼しないだろう。しかし、病院は案外そこを考えず、ホームページ作成業者に頼めば何とかなると思ってしまうようである。

プロデュースはその分野の専門家でなければ出来ないのだ。

そこで、経営の内情やキャッシュフローなどは、銀行やコンサルティング会社にお任せするとして、弊社にしかおこなうことが出来ないサービスを病院側に提供し、病院の負担を軽くしてもらいつつ、任せてもらおうという思いから開始となった。

今年は積極的に病院と関わり、努力している病院が報われるようにサポートしていきたい。